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東京地方裁判所 昭和45年(タ)206号 判決 1972年3月04日

原告 甲野正美

右法定代理人親権者父 甲野正一

右訴訟代理人弁護士 篠田暉三

被告 東京地方検察庁検事正 神谷尚男

主文

一  原告が国籍リヒテンシュタイン公国亡ザレー・ゲオルグ((出生地、同国ラゲール・生年月日、明治三〇年(一八九七年)五月二五日))の子であることを認知する。

二  訴訟費用は国庫の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一  本件は日本人女子がリヒテンシュタイン公国国籍を有する男子との情交関係により分娩したと称する子が原告となり、父が外国において死亡した後に認知を求める訴であるから、まず管轄について検討する。一件記録によれば、原告がその父であるとして認知を求めるリヒテンシュタイン公国の国籍を有する訴外亡ザレー・ゲオルグは、昭和二四年ころから日本ロッシ社の東京支店長として日本に居住し、以後六回にわたって再入国の許可を得て出国したが、いずれも約一月ないし六月の後には帰日し、同四二年六月三日も再入国の許可を得て出国していたところ、同年八月二七日にスイス国チューリヒ市において死亡したこと、原告の母甲野春子と右ザレー・ゲオルグは昭和二五年一二月ころから同人の死亡までほぼ継続して、情交関係を伴う交際を継続していたこと、右甲野春子は海外に居住したことはなく、原告も日本人たる甲野春子を母として日本において出生し、そのまま日本で養育され、現在は日本人の養子となっていること、以上の事実が認められる。右の事実によれば、本件はわが国に国際裁判管轄権を認めるのが相当である。次に国内における管轄は、人事訴訟手続法二七条により認知の訴は子が普通裁判籍を有する地の地方裁判所に専属するから、本件は子たる原告の肩書住所地を管轄する当裁判所の管轄に専属することになる。

二  そこで進んで本案につき考えるに、≪証拠省略≫を総合すると請求原因(一)(三)(四)記載の事実および次の事実が認められる。

(一)  原告の母甲野春子は、前記のとおり右ザレー・ゲオルグと一週間に二回位、同人の自宅等に呼ばれて情交関係を継続する一方、昭和三〇年二月ころから、訴外乙山一夫とも情交関係を生じ、交際していたが、同人の誕生日である同年四月一〇日に喧嘩して、同年五月一〇日ごろまで一時交際を絶ち、その後交際を復活して請求原因(二)記載の経過により婚姻したこと。

(二)  右甲野春子が原告を出産した日から逆算して、原告を懐妊した期間と考えられる同年四月から同年五月にかけて、右甲野春子と情交関係のあった男性は、右乙山とザレー・ゲオルグの二人だけであるが、右乙山と原告との父子関係は血液検査の結果により明らかに否定されること。

(三)  原告は、当初、右甲野春子と乙山一夫との間の子として出生届されたが、昭和四五年三月一二日、東京家庭裁判所の審判(同庁昭和四四年(家イ)第六六六六号事件)により、右乙山と原告との間には親子関係が存在しないことが確認され、右審判に基き戸籍にもその旨記載され、その後、昭和四三年五月二二日、東京都新宿区長宛届出をもって、日本人である訴外甲野正一と親権者母甲野春子の代諾に依り養子縁組をし、同人の養子となったこと。

(四)  右甲野春子は、原告を右ザレー・ゲオルグの子であるとして、同人に会わせたことがあるが、同人は原告の父であることを否認したことがなかったこと。

(五)  右ザレー・ゲオルグは訴外エマ・グリフスに対し、原告のことを指して自己の子であると言っていたこと。

三、次に、準拠法について考えるに、本件はザレー・ゲオルグについてはリヒテンシュタイン公国の法律により、原告については日本の法律によることになるところ、リヒテンシュタイン公国法には子が父の死後認知を求める場合について明文の規定が存在しない。そしてまた、同国には認知の法律関係について反致を認める規定も存在しない。しかしながら、嫡出でない子が法律上自らの父を定め戸籍に父の記載を得ることは、法律上も事実上も子にとって生涯にわたる重大な事柄であり、これを実現する唯一の方法である認知の訴を、父子関係が明確に認定できる場合にも許さないとすることは、何ら責任のない子から正常な社会生活をする権利を奪うにも等しく、死後認知を認めるわが国の法制度のもとにおいて右のように死後認知を認めないリヒテンシュタイン公国法の適用結果をみとめることは、法例三〇条にいう公序良俗に反するものと言わなければならない。従って、本件についてはリヒテンシュタイン公国の法律の適用を排除し、日本民法を適用するのが相当である。

四  そして、前記二に認定した各事実によれば、原告は、右甲野春子がザレー・ゲオルグとの情交関係により懐胎し分娩した子であり、右ザレー・ゲオルグの子であると推認するのが相当であるから、原告の本訴認知請求は理由がある。

五  よって、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、人事訴訟手続法一七条、三二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安藤覚 裁判官 柏原允 多田周弘)

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